マキサカルシトール事件最高裁判決は、とりわけ化学分野での予見可能性を奪い、不相応な保護を与える可能性があるのではないか
マキサカルシトール事件最高裁判決がでました。
問題とされたのは、いわゆる均等の5要件のうち、第5要件です。
問題とされたのは、いわゆる均等の5要件のうち、第5要件です。
【第1要件】
対象製品等との相違部分が特許発明の本質的部分ではないこと。
【第2要件】
相違部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達成することができ、同一の作用効果を奏すること。
【第3要件】
相違部分を対象製品等におけるものと置き換えることが、対象製品等の製造等の時点において容易に想到できたこと。
【第4要件】
対象製品等が、特許発明の出願時における公知技術と同一、または公知技術から容易に推考できたものではないこと。
【第5要件】
対象製品等が特許発明の出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がないこと。
事案は、特許権者(被上告人)は,本件特許の特許出願時に,本件特許請求の範囲において,目的化合物を製造するための出発物質等としてシス体のビタミンD構造のものを記載していたが,その幾何異性体であるトランス体のビタミンD構造のものは記載していなかったところ、被疑侵害者(上告人)は、目的化合物を製造するための出発物質等としてトランス体のビタミンD構造のものを用いていました。
すなわち、特許請求の範囲では、出発物質等としてシス体であるのに対して、被疑侵害者は出発物質等としてトランス体を用いていたわけです。
シス体とトランス体は、右手と左手みたいなものですから、出願人が自ら「右手」をクレームしているのであれば、当然「左手」を除外することを意識していると理解できそうなものです。
そこで、被疑侵害者(上告人)は、均等の5要件のうち、第5要件を満たさないと主張をしたわけです。
最高裁は、次のように判示し、その上で、侵害を認定しました。
例えば、化学分野の物質特許という薬分野で最も重要な類型の特許を考えてみましょう。低分子化合物の物質特許については、通常、マーカッシュ形式と呼ばれる一般式によって化学構造を厳密に定義して、クレームします。このクレームは、実施例をもとに、出願人が自らの責任で、「ここまで」権利にしてほしい、と主張しているわけです。
ようするに、マーカッシュ形式と呼ばれる一般式によって化学構造を厳密に定義するような物質特許については、例えば、官能基Rが「エチルである」と定義すれば「メチル」や「プロピル」はクレームの対象外であると多くの実務家は考えてきたわけです(なお、メチルは炭素数が1、エチルは炭素数が2、プロピルは炭素数が3です。)。均等論に当てはめれば、第5要件を満たさないと考えてきたわけです。
しかしながら、最高裁判決は、右手と左手という、直接的な「こちらならば、あちらではない」という関係があるような場合についてさえ、「客観的,外形的にみて,対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していた」という要件を満たさないと考えているわけですから、官能基Rが「エチルである」と定義されていても、「メチル」や「プロピル」について、なおも均等とされる懸念があるわけです。
権利行使を受けうる第三者の予見可能性を大きく阻害して、不相応に権利者に有利になる可能性があり、長い目でみたときに、今後の実務の展開によっては、好ましからざる影響を与える可能性があると思います。このように最高裁判決の判断および適用は、大きな問題を胚胎しているといわざるを得ないと思います。
すなわち、特許請求の範囲では、出発物質等としてシス体であるのに対して、被疑侵害者は出発物質等としてトランス体を用いていたわけです。
シス体とトランス体は、右手と左手みたいなものですから、出願人が自ら「右手」をクレームしているのであれば、当然「左手」を除外することを意識していると理解できそうなものです。
そこで、被疑侵害者(上告人)は、均等の5要件のうち、第5要件を満たさないと主張をしたわけです。
最高裁は、次のように判示し、その上で、侵害を認定しました。
出願人が,特許出願時に,特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき,対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず,これを特許請求の範囲に記載しなかった場合であっても,それだけでは,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するとはいえないというべきである。
もっとも、・・・出願人が,特許出願時に,特許請求の範囲に記載された構成中の対象製品等と異なる部分につき,対象製品等に係る構成を容易に想到することができたにもかかわらず,これを特許請求の範囲に記載しなかった場合において,客観的,外形的にみて,対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していたといえるときには,対象製品等が特許発明の特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情が存するというべきである。これは、一般論として、すなわち、規範を定立するものとして、理解できます。そして、その射程は、一見したところ極めて広いといえ、非常に大きな影響を与えるおそれがあります。
例えば、化学分野の物質特許という薬分野で最も重要な類型の特許を考えてみましょう。低分子化合物の物質特許については、通常、マーカッシュ形式と呼ばれる一般式によって化学構造を厳密に定義して、クレームします。このクレームは、実施例をもとに、出願人が自らの責任で、「ここまで」権利にしてほしい、と主張しているわけです。
ようするに、マーカッシュ形式と呼ばれる一般式によって化学構造を厳密に定義するような物質特許については、例えば、官能基Rが「エチルである」と定義すれば「メチル」や「プロピル」はクレームの対象外であると多くの実務家は考えてきたわけです(なお、メチルは炭素数が1、エチルは炭素数が2、プロピルは炭素数が3です。)。均等論に当てはめれば、第5要件を満たさないと考えてきたわけです。
しかしながら、最高裁判決は、右手と左手という、直接的な「こちらならば、あちらではない」という関係があるような場合についてさえ、「客観的,外形的にみて,対象製品等に係る構成が特許請求の範囲に記載された構成を代替すると認識しながらあえて特許請求の範囲に記載しなかった旨を表示していた」という要件を満たさないと考えているわけですから、官能基Rが「エチルである」と定義されていても、「メチル」や「プロピル」について、なおも均等とされる懸念があるわけです。
権利行使を受けうる第三者の予見可能性を大きく阻害して、不相応に権利者に有利になる可能性があり、長い目でみたときに、今後の実務の展開によっては、好ましからざる影響を与える可能性があると思います。このように最高裁判決の判断および適用は、大きな問題を胚胎しているといわざるを得ないと思います。